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自己肯定感とは

扉絵

『自己肯定感』とは、自分で自分を肯定できる『感受性』です。

 

心の中での『自己肯定感』が、

保てずに低くなったり、低いままだったり、

高まったり、保てたりと、変動もするでしょう。

 

それによって、つらくなる時もあれば、気が休まる時もあります。

 

『自己肯定感』の心理に実に様々な要素が絡みます。

今回は、

そのうちのいくつかをご紹介します。

自己否定感

『自己肯定感』の反対の心の働きが『自己否定感』で、

自分で自分を否定する『感受性』です。

それが心に染みついて優位に働くこともあります。

 

「『自己肯定感』が低い」のと

「『自己否定感』が作用する」のとは、

互いに影響し合って同時に生じたりもしますが、別の現象です。

成功体験

『成功体験』が『自己肯定感』に結びつくというのは、

ピンときやすいかと思います。

「成功」の体験を重ねることで、

自分で自分を肯定する感受性ができていくというイメージです。

 

せっかくなので、その理解を一歩踏み込んで

「成功」とはなにかから考えてみましょう。

 

「成功」や「失敗」は、いわゆる「評価」です。

言うなれば「捉え方」なのです。

 

発明王エジソンは、研究が思い通りにいかない時、

それすら「失敗ではない」「前進だ」と捉えていたと言われています。

の姿勢は「評価」の基準が自身の中にあるという例の

中でも特に極端なものと言えるでしょう。

 

一方で、たいていの人は、

外からの「評価」の影響を受けるものです。

「成功」と受け取れるポジティブな声掛けをされると

『成功体験』の印象として心に残り、それが『自己肯定感』に繋がっていきます。

仮に同じ結果でも

「失敗」を意味する「だめ」といったような声掛けは、

それが『自己肯定感』を挫くことに繋がりかねないのです。

 

また、外からの「評価」が関わっていなくても、

『自己否定感』によって

自分自身にネガティブな評価をくだしがちな人もいるでしょう。

 

体験が『成功体験』になるかどうかは、

実はあいまいな「評価」によるのです。

基本的信頼感

次に、

『基本的信頼感(きほんてきしんらいかん)』という言葉を挙げたいと思います。

いくらか異なった使われ方をする用語なので、

ここでは私の解釈として紹介します。

 

この「基本的」は、

「そもそも」と言い換えることが可能です。

 「そもそも信頼できる感覚」

『基本的信頼感』なのです。

なにをかと言うと、「自分を」「他者を」「社会を」です。

 

ちなみに、逆が『不信』です。

 

『基本的信頼感』が保てない心理は、余裕の無さとしてあらわれます。

反対に『基本的信頼感』が保てていると、心に余裕が生じます。

 

『基本的信頼感』は、

本人の『成功体験』によって育まれるところがあるでしょうし、

他者との信頼関係によって培われていくところもあると言えます。

また、「感」とあるように、

『感受性』と呼ばれる本人の資質も絡みます。

 

この『基本的信頼感』は

『自己肯定感』にも通じる心の働きだと考えられます。

自己愛

誰しも、心の中に

「自分のランキング」のようなものを持っています。

大事さや優先順位の、個人的なランキングです。

 

『自己愛』というのは、そのランキングにおいて

自分の順位が他よりも高く位置付けられていることを指す言葉です。

一般に「ナルシスト(ナルシシスト)」と呼ばれる人物像です。

 

「ナルシストは『自己肯定感』が高い」という印象がありませんか?

実際はどうでしょうか。

 

ここで、4つのイメージに分類してみましょう。

 

(1)『自己愛』が高い&『基本的信頼感』が高い

 ナルシストであり、余裕のある人のイメージ

 

(2)『自己愛』が低い&『基本的信頼感』が高い

 自己卑下しがちかもしれないけど、余裕のある人のイメージ

 

(3)『自己愛』が高い&『基本的信頼感』が低い

 ナルシストであり、余裕のない人のイメージ 

 

(4)『自己愛』が低い&『基本的信頼感』が低い

 自己卑下しがちで、余裕のない人のイメージ

 

(3)のように、ナルシストでありながら、

あやうい『自己肯定感』の持ち主もいます。

 

『自己愛』と『自己肯定感』は、必ずしも一致しないのです。

自己肯定感を育むために

『自己愛』は自然に形成されるものです。

心の中のランキングで本人が高めに設定されていても、

そこに不安定なあやうさがあったとしても、

必ずしも悪いことばかりではありませんし、それも個性の一部というものです。

 

とは言え、『自己愛』に頼らずに、

『基本的信頼感』は高めたいし、

『自己肯定感』を確かなものにしていきたいだろう、と

ここでは考えていきます。

 

過去は変えられないので、

これからできるもので、という条件を置くとしたら…。

 

そのひとつは、「成功」「失敗」の捉え方を

心に痛みの少ないものに調整していくことでしょう。

褒める教育の終焉

「成功」「失敗」の捉え方を、

見直す時がきているのかも知れません。

いえ、教育者として活動されている方々の中には、

「もう以前から見直されている」とおっしゃる方もいるでしょう。

 

かつて私が大学の教育学部で学んでいた2000年代は、

「叱る教育では限界がある。褒める教育に変えていく必要がある」

声高に語られていたものです。

 

しかし、それ対する反論・異論は明確でしょう。

「褒めることで、悪い意味で調子に乗らせてしまう」というものです。

増長させ、変にプライドの高い人にさせてしまうというわけです。

(参考 >>『心理ブログ』プライドの心理

心理学の用語では、

強い『自己愛』にこだわるようにさせてしまう、と言えるでしょう。

 

では、周りに関係無く、本人なりに

『成功体験』を重ねていけば良い、と言えるでしょうか?

しかし、そんな都合良く「成功」は転がっていませんし、それだと不器用な人ほど不利です。

 

…いえいえ。

『成功体験』はあくまで、捉え方だったはずです。

「褒める」「褒められる」ではない、別の視点に切り替えてみましょう。

それは、

「ねぎらう」「認める」

 

がんばったことをねぎらったり、

考えたことや思ったことを認めることで、

褒めるや叱る以外の関わりができるでしょう。

 

「よくがんばっていたね」

「そうなんだ、そういう風に思ってたんだね」

 

ねぎらわれる、認められる、といった体験は、『自己肯定感』に繋がります

 

その先に目指す目標となるイメージは、

自分で自分をねぎらったり認められるようになることであったり、

お互いにねぎらい合えたり認め合える人間関係を持つことではないでしょうか。

自己肯定感と心理カウンセリング

もちろん、

自分で自分をねぎらったり認めるのは難しい時があります。

お互いにねぎらったり認め合う人間関係がどうしたって得難い時もあります。

 

また、『自己否定感』は時に

ねぎらわれたり認められることに対しても拒否します。

『自己否定感』が心を支配していたり、

それを刺激される環境に身を置いていたり、

それを刺激してくる人の言葉を真に受けていると、

『自己肯定感』は遠ざかってしまいます。

 

ここで改めて

『自己肯定感』を作っていくものを整理しましょう。

『自己愛』に頼るのではありません。

『成功体験』を積み重ねることは有効ですが、

その「成功」かどうかは捉え方次第です。

 

「自分なりに生きている」、

「自分は自分でいて大丈夫」、

そう実感する体験を繰り返していくことです。

そのひとつひとつを『成功体験』として

作られていく『自己肯定感』を

心理カウンセリングはサポートしていきます。

※ 当ブログで記す 「心理カウンセリング」 とは

 川越こころサポート室が提供するものを想定しております。

 他機関の専門性を保証するものではないことをご了承ください。    

鹿野 豪

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